古民家を改修したい方(現地再生)

日本の古民家は優れた建築で、メンテナンスさえ怠らなければ、何百年もの耐久性が実績としてあります。しかし、耐震性・温熱環境に不安・不満のある方も多くいらっしゃることでしょう。 意匠性・耐久性・快適性に重点をおいた、西本建築事務所での民家再生手法をご紹介します。
1.屋根
民家は木でできているので、雨で濡らすことは寿命を縮めることに直結します。雨漏りが始まると、梁などの小屋組みを腐らせる危険性が高まります。梁は他の部材に比べて、断面が大きく長いものが多いので、その取替えには大きなコストがかかります。ですので梁を腐らせる前に雨漏りがあれば、まず屋根を改修します。
屋根の形状・素材は、その民家の建つ地域の風土や気象状況に適したものが使われていることが多いので、基本的には形状・素材を変えないで再生することをお勧めします。
瓦は土葺で施工されていることが多いのですが、耐震性能の向上を目的とした軽量化のため、引掛け桟瓦葺とします。耐久性の高い素材ではありますが、凍害に弱いので寒冷地での使用には注意が必要です。天井裏に断熱材を追加する場合は、葺き替え工事のときに落とし込むことで、既存の天井板を取り外さずに、施工することができます。
茅葺屋根は断熱性能も高く、景観上も日本を代表する美しい素材なのですが、近年では維持メンテナンスがコスト面で難しくなってきました。一般的な改修方法としては、急こう配な形状にも対応できる、金属素材での葺き替えです。茅の上からカバーする方法もありますが、施工精度の向上や軽量化のためには、茅を撤去して金属屋根に葺き替えるほうが良いでしょう。ガルバニウム鋼板が多く採用されますが、10年程度の周期で塗装をする必要があります。銅板やチタン合金であれば、初期費用は増えますが、塗装を定期的に行う必要は無くなります。また、小屋組みを組み直して勾配を緩くすれば、茅葺から瓦葺に変更することも可能です。この場合は、長い年月地域の景観になってきたものを変更することになるので、その形状には十分配慮することが求められます。
 
瓦の葺き替え
 
小屋組みの架け替え
 
2.耐震補強
大きく分けて2つの補強方法があります。一つは筋交や構造用合板などの変形能力は小さいが、耐力と剛性の高い耐震要素で補強する強度型の補強。もう一つは土壁や貫などの耐力と剛性は小さいが、変形能力と減衰性能が大きく、粘り強い耐震要素で補強する靭性(じんせい)型の補強です。どちらが優れているということはありませんが、それぞれ耐震メカニズムが違うので、その民家にあった耐震補強方法を採用することが重要です。
強度型の補強を行う場合、基礎に引抜力が働くため、基礎を鉄筋コンクリート造とし、アンカーボルトなどで引抜力に見合った補強をすることも重要です。西本建築事務所では合板は使わず、筋交いによる補強を基本としています。合板に使われる接着剤も近年性能が良くなってきていますが、まだその耐久性に不安があるためです。
靭性型の補強では、石場建て(いしばたて)と呼ばれる礎石の上に柱・土台が乗っているだけの基礎であっても、限界耐力計算により安全性を確認することができます。限界耐力計算では、耐震要素として土壁が非常に有効です。既存の土壁も状態を確認して、最大限活用していきます。しかし、施工コストが高いため、新設部で土壁を使うことが難しい場合は、貫や仕口ダンパーを活用します。仕口ダンパーとは2枚のステンレスプレートが樹脂で強力に接着されたもので、片方のプレートを柱に、もう片方のプレートを土台や梁などの横架材に取り付けることで、接合部を固めずに靭性を高める金物です。床下や天井裏で使用することで、内部に金物を見せず補強できます。
 
筋交による耐震補強(強度型)
 
貫による耐震補強(靭性型)
 
仕口ダンパーによる耐震補強(靭性型)
 
3.地盤改良・基礎
設計・工事に先駆け地盤調査を行います。基礎の設計や、耐震補強の方針を決めていくためにも重要な情報です。スウェーデン式サウンディング試験であれば数万円で実施できます。
地盤が悪く地盤改良が必要な場合や、鉄筋コンクリート基礎に変更する場合は、揚家または曳家を行います。揚家は建物をその位置で高く持ち上げる工事です。常時レベルを計測しながら、枕木と楔を使って、少しずつ建物を持ち上げていきます。基礎の立上りと土台の敷設に必要な高さ1.5m程度揚げます。曳家は建物をレールとコロと呼ばれる車とウィンチを使って目的の位置に移動する工事です。
スペースさえあれば、曳家を行うことで重機を使った工事が行えるので、コスト面で有利となる場合があります。またアンダーピニングと呼ばれる建物自重を利用した地盤改良方法もあるので、状況に応じた施工方法を採用します。
 
揚家工事
 
揚屋による基礎工事
 
曳家工事
 
曳家工事で使うレールとコロ
 
曳家による地盤改良工事
 
曳家による基礎工事
 
4.歪み沈下補正
古民家では構造体が歪んでいたり沈下していることがあります。耐震上はもちろん気密性・水密性を確保するためにも正しい位置に戻すことが大切です。柱梁を傷めないように平織りロープとチェーンブロックを使って、少しずつ歪みや傾きを修正していきます。揚家や曳屋を行い、新たに基礎を築造する場合は、基礎の立上りに合わせて柱にほぞ加工を施し、切りそろえます。石場建基礎の場合はジャッキを使って部分ごとに部材を持ち上げ、堅木(かたぎ)や基礎パッキンを使って沈下修正を行います。
シロアリや腐朽菌により傷んだ柱や土台も取り換えていきます。放置しておくと劣化が進行したり、計算通りの耐震性能が期待できない場合があります。柱では根元部分だけが劣化していることも多く、この場合は丸ごと1本取り換えるのではなく、傷んだ部分だけ取り換える根継(ねつぎ)という伝統技法があります。
 
建て起こし工事
 
基礎パッキンを使った柱の沈下修正
 
柱の根継(四方蟻)
   
5.温熱環境-気密補強
古民家は隙間風が多く、夏は快適ですが、冬の寒さは耐えがたいものがあります。現代の住まいでは、高断熱高気密とし、機械空調で温熱環境をコントロールする方法が一般的となってきました。それは古民家においても理想的ではありますが、古民家ではコントロールすべき空間が大きすぎるため、それだけでは、エネルギーとコストの面でうまくいかない場合もあります。民家の特性を活かした方法が必要となってきます。
まずは隙間風対策です。隙間風というコントロールできていない空気の流出入を改善するだけでも、温熱環境は格段に改善されます。方法としては、外部の建具を気密性の高いサッシュに取替えます。一般的にはアルミサッシュですが、木製サッシュや枠がアルミ製で障子の框(かまち)が木製となっているものもあります。屋根庇が深く雨が直接かかる恐れのない場合は、木製建具でも枠に戸じゃくりを施し、框廻りに気密パッキンを取り付けるなど気密性を向上させる方法もあります。性能だけでなく意匠性やコストにも配慮が必要です。
また民家は開口が多く、夏や中間期は開放することで、機械空調では獲得できない快適な環境となります。私達はこの特性を継承すべく、なるべく開口部では耐震補強をおこなわないようにしています。開口を減らさず、風の抜ける方角に配慮し、空気の流出入を住む人がコントロールできれば、快適な温熱環境につながると考えます。
民家では軒や庇の深さを調整することで、夏の日差しは室内に取り込まず、冬の日差しを室内に取り込む工夫がなされています。そのためサッシュに断熱性の高いLow-Eガラスを使う場合は、日射取得型のものが良いでしょう。軒や庇の深さで調整しきれない夏の日差しに対しては、軒下に取り外し可能なスダレを設置したり、サッシュの内側に障子を取り付ければ、熱負荷だけでなく明るさのコントロールにも役立ちます。
 
アルミサッシュ
 
アルミ枠と木製框のサッシュ
   
6.温熱環境-断熱補強
古民家の多くは断熱材が入っていません。そのため、気密性を高めたとしても壁・屋根・床からどんどん熱が逃げていきます。ですので、古民家においても出来る限り断熱補強を行っていきます。しかし、古民家は一般的な住宅に比べて大きく、全面断熱補強を行うことがコストの面で難しい場合もあります。その場合は、断熱する場所を限定していく方法もあります。たとえば、居間・食事室・トイレ・脱衣所・浴室とそれらを結ぶ廊下など、利用率の高い部分のみ断熱補強を行う方法です。
また、天井裏・床下も室内と一緒に空調する方法が近年増えていますが、これも天井裏・床下空間が大きい古民家にはあまり適さないと考えます。それはエネルギー負荷の面だけでなく、気密性を向上させることで結露のリスクも高まるため、天井裏・床下は室内に比べ換気量を増やしたいからです。天井面・床面で断熱補強を行い、室内では空調(冷暖房+換気)を、天井裏・床下は換気を行う方法が、木の構造体にとっては良いでしょう。天井を吹抜けとし、梁組を室内から見えるようにする場合は、屋根面で断熱を行います。この場合、室内側は化粧野地板、屋外側は荒野地板とし、その間に断熱材と通気層を入れる二重野地板とします。
 断熱材もいくつかの種類があります。一般的にはグラスウールやポリスチレンフォームを使います。自然素材にこだわる方には、羊毛をつかったウールブレスや、杉の樹皮をコーンスターチで固めたフォレストボードを採用しています。
 
床断熱補強(グラスウール)
 
床断熱補強(フォレストボード)
 
屋根断熱補強(フォレストボード)
   
7.建具
古民家は開口部が多いため、どうしても建具の枚数が多くなってしまいます。そのため、予算が厳しいときには、減額項目として真っ先にグレードを落とされてしまう箇所でもあります。しかし、建具のグレードと建物のグレードは連動していて、建具のグレードを下げてしまうと、なぜか建物のグレードも低く感じられます。ですので、私達は出来る限りフラッシュなど合板の建具を使わないようにしています。
それでも予算調整を行う場合は、板戸を減らして単価の少し安い襖や障子を採用したり、場合によっては、古い建具を安く調達してきて補修・調整をして使ったりします。民家で使われてきた建具のサイズは地域や時代で少し違いはありますが、おおよそ同じ大きさなので、調整する程度で使い廻し出来ることが多いです。
   
調達した古い建具の利用
   
蔵戸を再利用した玄関戸
   
8.古材利用
その民家にあったものは徹底的に残していきたいと思っています。歴史的価値や希少価値もその理由ですが、それ以上に住まう人の愛着につながるからです。個性的なデザインよりも愛着のある部材の再利用の方がずっと重要だと感じます。いくつかの事例をご紹介します。
   
倉庫(長屋門)に保管されていたケヤキの板を、再利用して玄関の式台に活用しました。真っ黒に汚れた状態でしたが、磨いてみると赤身の目の詰まった幅広の板でした。
   
落とし板と呼ばれる米の保管庫で使われる番号の書かれた板が数枚残っていました。それを吹抜け面の手すりとして再活用しました。
   
居間を吹抜け空間としたために不要となった天井板を、玄関の式台に再利用しました。
   
   
 

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